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川上量生さんてすごいなぁと改めて思う そして勝手に自分の人生診断


下の動画はドワンゴ創業者の川上量生さんは
ジブリ汗まみれに出演して初めてジブリで働きたいと仰った時のお話です

彼が務めた最初の会社が潰れた後はおまけの人生というのは
終末に至るまでの結論は分かってしまっているんだけど
その結論を分かった上でせめて人を楽しませ自分も楽しもうかという
心持ちを語っているのかと思います。

この精神は面白いし、実はメンタル強い人の思考じゃないでしょうか
ジブリのプロデューサー室の方に
歯に衣きせぬ物言いの後に、にこっ笑う笑顔が宮崎駿鈴木敏夫の特徴と共通するという話をしてたのが印象的です。

自分の意見としてはこうで、そうなる理屈もそれが目的の達成の為に正しい事も分かりきってる。
でも言う事で人の気持ちをささくれ立たしちゃうから 謝るかわりに
責任者の立場の方はみんな”にこっ”って笑う事でそこを上手く誤摩化すんでしょうね
謝る事は絶対出来ないけど、まぁ赦せって感じで


ブログを読むと川上さんは本当に面白くてすごい人だと思う
特にこのエントリーが好き

信頼関係を築けるひとと築けないひと
http://kawango.hatenablog.com/entry/2012/07/10/153959

川上氏の書いたエントリーには信頼関係を築けるひとと築けない人が登場する

1”他人を信用しないということと、もうひとつそれを態度に出しているひと”
他人を信用しないだけならともかくそれを態度にわざわざ出してしまうというのはどういうことか。
それはそのひとが本当は他人を信用したいひとであるからに他ならない。
本当は他人を信用したいのに何度も騙された結果、人間不信に陥ったのだ。
そして人間を信用したいのに信用できないことに不満をもっている。
それが他人を信用するまいという態度をわざわざ外に出すというかたちであらわれるのだ。”


2”本当にやばいひとはもっと人当たりがいい。他人は信用できないという”悟り”を開いたひとたちだ。もう、完全に割り切っていて他人を信用しないことが当然すぎて疑問をもっていない。他人を信用したいという気持ちはあるとしてもずっと深くに沈み込んでしまって届かない。”

さてはて私はまだ最終的には彼が仲良くなれると言ってくれている1の人なのか
それともどうやっても信用出来ない2の人なのだろうか
まだ人の不理解に対して癇癪を起こして連続ツイートで駄々をこねちゃう分には
1の要素があるようだが一方で人当たりはよい、というより物腰穏やかに人にあたっていると思うので
2である可能性も捨てきれない


今は1だけど、このまま時を過ごすときっとだんだん2に移行していくのだろう
かといって実は2が不幸せな状態とも言い切れない。
如何に寂しかろうと、せめて花鳥風月を愛でて生きる事と
人と上手くコミュニケーションがとれる事どちらが幸せなのかは個人の資質による
赤毛のアンを書いたモンゴメリは 
「人の中にいる時は孤独を感じるが 自然の中を歩くときは寂しさを感じない」
と言葉を残した
結局個人の幸せは主観にしかよらないという
当たり前の話に落ち着いてしまうのだ


結論としてはこのままだと私は2の状態へ向かうのだが
それに対して多少抗う事自体を楽しみにしてみても面白いので
娯楽として1、それ以降の状態を目指しても良いのだろう
川上さんが、googleの様なシステムに組み込まれたパーツである人間を拒否して
敗北必至の戦いに面白がって一花咲かせようとされている様に

人生は劇場なのだ。それも喜劇
敗北を楽しめない様ではコメディ役者としては失格だろう
私の人生の役回りを楽しんで終えていくべきだろう

せめて喜劇が終わるときに
ベートーベンの辞世の言葉の様なかっこいい言葉を吐き
損な役回りへ溜飲を下げたいものである
ベートーベンは死ぬ前に「諸君喝采したまえ、喜劇は終わった」って言ったんだってさ
彼は自分の損な役回りを呪いながら生きて、変人だったからか生涯独身だったそうです
愛人はたくさんいたそうですから彼には複数の女性との割り切った関係が丁度よかったのでしょう。
身体は愛せれども社会的な存在として彼を理解してくれる人がいなかったのかも知れません

その怒りと呪詛に対する強烈な反抗があの生命賛美の第九に結びつき傑作の森が産まれたのだと思うと
何とも感慨深いものがあるよね

落ち込んだときにこの曲を聴くと
励まされるようで泣きます


川上量生もベートーベンも天才です