AI 流行への反逆

最近なんだか人工知能学会の学会誌表紙が炎上したり
人気ブログで取りざたされたり
Apple創始者の一人のウォズニアックが若かったらどの分野の開発しますか?
という質問に対してAIと答えたりなんだかAIが流行になって来てると感じます。
基本的にはAIを用いた技術の普及には賛成なんだけど
なんだか流行になるとそれに歯向かいたくなります
私は天邪鬼なのです

多くの分野で定常業務や計算の性能的に人間に優るコンピューターが
既に導入されていますが
AIはまだ人間のように愚かになれないところが不完全ですよね
人工知能学会の炎上を見るに、人間は大きく環境を変化させる技術に対して恐怖心を
抱くのではないかと思います。
コンピューターに仕事を奪われる可能性を考えると自身がうまく技術を使いこなせる
ようにならなければいけないのですが、使いこなせるようになるには時間とお金
教えを請える技術に詳しい人が必要となり、結構なリソースを持っていかれますしね。


愚かな判断をするものや感情的なものをソフトに組み込むと
かなり人間側の恐怖心は薄れるんじゃないかと思いますよ。
その機能はgoogleAppleも現在のAIに組み込めていません。

Blue Brainプロジェクトのように
脳細胞のメカニズムをソフトウェアに取り込めれば
出来るかも知れないなとは思いますが
知的なAIを作るには愚かさも同時に定義しないと
人は知性を感じなくなるでしょう。
知性を感じないソフトは唯の論理と法則の集合体とみなされて
そのうち洗濯機や自動販売機と同じ扱いをされていくことになると思います。
便利で頭がいいだけの存在に対して人間は親近感を感じてくれないのです
どの人間に対しても類似性や共通点を感じさせる機能が
心地よいAIの作成には必要でしょう。
デザインとユーザーインターフェースを洗練したApple
人間が機械に対して感じる抵抗感を極力少なくすることで成功しました。
しかしgoogleの方向性は人に使ってもらう機械としては弱点を常に抱えています。
google glassに対するプライバシーの懸念や車運転時の懸念などは
機械に対する人間の抵抗感を如実にあらわしているでしょう。
(車運転時に認識系以外のアプリをオフにしたり、マップ上で公的空間に使用者がいる場合は
 周囲に分かるジャスチャをとってからカメラ機能をオンにする機能も実装できるんだけど
 導入に抵抗感を持つ方はこう使えばよくなるという発想ではなく
 まず自分の生活を悪くするものという発想でクレームを出してる様に見えます)

AIの弱点の一つはまだ馬鹿になりきれてない所なのです