人間の身体はどこまで置換可能か2

人間の身体がどこまでマシンに置換可能なのか?
という事は深く考える意義のある事です。

何故かというと教育費や授業料が高額になる
傾向のある国では少子化が起こります。
高齢化社会になっちゃうわけですね
日本みたいに多数の高齢者を支えるために、消費税増税
国民保険料の負担を増やして対応して
生産性の乏しい層の現状維持の為だけに
労働者の貯蓄を国が召し上げていくと
国としては生産性が向上しない(GDPが成長しない)
ので歳入も減って・・・
という悪いループに突入します。
その結果が不景気だと言えるでしょう。

終着地点は労働という行為の価値自体が下落して
人生を投げる若者が大量に出てくるという最悪の状況です。
(既になってるとも言えそうですが)

抜本的な解決方法は
社会の大規模なオートメーション化と
体力は衰えていても頭の回る人達の
生産性を向上させる事でしょう。
運動を補佐する外骨格を装着した老人や
身体の障害(手足の欠損)などで十分に労働が出来ない人達や
教育を受ける機会を失っている人達を
働ける環境に呼び戻す事で、
根本的な経済の縮小にストップをかける事が出来ますね。
アベノミクスは紙幣を大量に供給して起こる一種のバブルだと思います)

人口が減っていったとしてもオートメーション化した
車や倉庫ロボットが輸送の労働を軽減し、少人数の人口で
同等の生産性を確保出来ますし
サイボーグ化した方や運動補佐スーツを着込んだ老人が
労働を行えるようになるわけですね

人間のあり方を変化させないと
日本は10年−20年後には
現在の社会インフラを維持する事が難しくなってるでしょう
だって国民の多くは大規模な移民を入れる事を嫌がってるようですし、
政治にはバブルを起こして国民をごまかすしか
経済には打つ手がなくなってるんですから

長寿を維持しながら生産性を高めるという
生物の老化に逆行する性質を要求するなら
外骨格の装備、サイボーグ化、ロボット化
はこれからの日本の医療の必須課題になるでしょう。
もはや医療はただの治療じゃなくて経済に深い影響を与える
日本の中で最もイノベーションが期待される
先進分野なのです。